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さようなら、姉妹の悲しみ。 (前編)

みなさん、こんばんは。

金曜ですねー!

1週間おつかれさまでした😊

今日は、お気に入りのカフェでこれを書いています。

 

今日は、私と姉が悲しみを手放した話(前編)です。

 

先日、姉が第1子を出産し、

実家から東京に戻ってきたので会いに行きました。

 

行く日の前日、

私はなんだか落ち着きません。

んーなんかもやもや、明日行きたく、、ないかも、、

んー、なんかやだな、、

そんな感覚を抱いたまま過ごし、

ついに何がもやもやしているのか向き合ってみる事にしました。

 

出てきた本当の気持ち、

『怖い』

でした。

 

一体何が怖いのかと言うと、

私はその日、私たち家族にあった悲しみについて

姉に話をしようと思っていました。

 

でも、それがもし姉に受け入れられなかったらどうしよう。

え、私は何も感じてないし、大丈夫なんだけど?

とか言われて話すことも拒否されたらどうしよう?

と言うものでした。

 

もし拒否されたら、私はとても傷つくだろう。

分かり合えないことに寂しさを感じるだろう。

それがとても怖かったのです。

 

なんせ、家族に本音を伝えたことがないので、

私にとっては一大事。

とてもとても勇気のいることでした。

 

でも、母親になった姉に

どうしてもこの話をしたかったのです。

 

私は自分の気持ちと向き合ってこう言いました。

『大丈夫。愛を持って本音を言えば必ず伝わる。

もし精一杯言って、受け入れてもらえなくても、私は大丈夫、精一杯愛を持って言ったなら、それで大丈夫』

そうすると、すっと気持ちが落ち着きました。

 

そうだよね。賢く優しいねーちゃんのことだから、

きっと必要な話だとわかってくれるよね。

楽観的になりました。

 

当日、姉の家に行き、

可愛い可愛い姪っ子ちゃんを、

2人であやし、

私はおもむろに話を開始しました。

勇気はいりませんでした。

 

私には実は亡くなった姉がいます。

その子は、一緒に育ってきた姉と双子だったのですが、

生まれて3日で亡くなってしまったのです。

 

私は、母からこう言われて育ちました。

『●●ちゃんが生きてたあなたは産まれてないのよ』

それが悲しみの根本的な原因だったことを

姉に伝えたかったのです。

 

私は、生まれてはいけなかった?

物心ついたときにはもうそれはごく当たり前のこととして、

私の中にありました。

まぁ、ほかにも父のDV、母の愚痴などいろいろあるのですが、

本当の根っこの根っこは、それでした。

 

そしてそれを涙ながらに伝えると、

衝撃の事実が姉の口から伝えられました。

 

姉はこう言われていたそうです。

『●●ちゃんが生きてたら、優秀だっただろうね!

●●ちゃんが生き残れば良かったのに』

 

何ということを言うのでしょうか!!!

 

姉は小学校3年の時、

テストの裏一面に、

『私が生き残ってごめんね』

とたくさんたくさん書いたそうです。

 

たった9歳の子が抱いた悲しみで、

涙が止まりませんでした。

 

その日は2人で大号泣しながら、

たくさんのお互いの悲しみを、

伝え共感し合いました。

 

本音を言うのはとても怖かったけど、

とても良い時間でした。

 

そして姉は私のメンタルコーチングを

簡易的に受けてくれることを決意してくれました。

 

姉は自分の好きな事を仕事に選び、

愛しあえる人と結婚し子供を授かり、

とても幸せです。

 

しかし、過去の悲しみがまだ残っていました。

 

誤解があってはいやなので、

書いておきたいのですが、

母は、いやな母親ではありません。

 

思いやりのある、とても優しい人です。

ただ、

生き残った娘、後から生まれた娘、

今生きてる娘にそんな事を言ってしまうくらい、

とてもとても悲しかったんだと思います。

 

きっと、自分を責めたことでしょう。

ちゃんと悲しみに暮れる時間も

悲しむこともできなかったんでしょう。

 

ずっとずっと、

自分を責め、父を責め、

やり場のない母の悲しみは、

残念ながらそんな形で私たち姉妹に注がれてしまった。

そう言うことなんだと思います。

 

私はその日、

知らなかった衝撃の事実と共に、

たくさんの悲しみを背負って、

姉の家から帰りました。

 

一歩前に進めた気がしました。

あぁ、もうすぐ私の悲しみが終わる。

そう思いました。

 

・・・後編につづく

 

 

 

 

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