愚痴を聞くのは優しさではない!?

皆さまこんばんは。
メンタルコーチの守田です。
先日も少し触れましたが、
私の育った環境は、とても家族みんな仲良し❤️
とは、程遠い環境でした。
メンタルコーチングを学んだ今となっては、
誰も悪くないことは分かるんですが、
それまではとにかく、
そんな環境なことが嫌でした。
父は典型的な九州男子、しかも団塊の世代、
母も同じく九州女子、団塊の世代、
まだまだ男尊女卑な時代です。
男は外で働き、女が家事育児をするのが当たり前。
でも、うちは共働きでした。
もちろん同じ環境でも、仲良くやっていた家族もあったでしょう。
でも、幼い私の記憶では、
父は毎日怒っていて怖かった。
父が帰って来たときのドアが開く瞬間の
あの、緊張感が張り詰めた空気たるや!
同じ気持ちになったことのある人も
多いのはないでしょうか。
そんな中で私はスクスク成長するのですが、
小学生の頃くらいから、母の愚痴を聞く相手となるんですね。
仕事の愚痴、父の愚痴、生まれ育った環境への愚痴、生まれた時代の愚痴、のエンドレスを
ずっとずっと聞いてきました。
それをしないと、
母がかわいそうと思ったんです。
愚痴を聞くことこそが、
母を救う唯一の方法と思ったんです。
そこから、愚痴を聞く=優しさ だと思い込んだ私は、
自分も愚痴を言うようになり、
愚痴を聞いてくれる人が私のことを大切にしてくれている。
と、無意識に思うようになっていきます。
そしてもちろん、友達にも同じことをします。
友達の愚痴ももちろん聞きます。
だってそれが優しさだからね。
ところが!
愚痴を聞くのは、優しさではなかったんです!!!
衝撃!!!!!!
メンタルコーチングを学んで、知ったことは、
愚痴を聞くのは優しさではなく、
その人が、自分がダメだと思っていることを
うんうん!そうだよ!アンタダメよ!
って、後押ししちゃってることになるんです。
衝撃!!!!!!!!!!
今まで良かれと思って聞いてきた、数々の愚痴。。
結果、その人のダメさを認めてきたなんて!!
もちろん、愚痴ってる本人は、
そんなことは思ってないんですよ。
ありがとう聞いてくれて!爆笑
スッキリした!!
って、みんな言ってくれましたもん。
では、なぜ、
愚痴を聞くのは優しさではないのでしょうか。
明日からその理由を
紐解いていきたいと思います。
お楽しみに♫